カフェ奮闘記4/覚醒した「前世」の生き方
個人事業主=フリーランスと聞くと、
組織の中にいる会社員よりも、自由でいられるイメージが強いはずなのに、
私の働き方は、まるで、戦場にいる兵士のようでした。
店を始めた頃の私は、メンタルを保つために、数々の歴史の物語を観るようになりました。今思えば、歴史上の人物の生き方から、何か学びたかったのかもしれません。当時、お金がなさすぎて本さえも買えなかったため、無料配信のものを観るようになったのだと思います。
「三国志」「項羽と劉邦」「朱元璋」「呉越」など中国ものばかりでした。
そう、すべて、男性目線でみていました。
私は女性なのに、女性を参考にしたことは一度もありません。
権力も何も持たないところから、今の国を良りよくしたいという、希望の光だけを持ち続け、どんなことが起きても心が折れずに前を進む主人公。いつも自分だけを信じて、戦っていく主人公が自分と重なり続けました。
しかし、頂点に立った時、ほとんどの主人公が、誰も信じられないという孤独感に満ちていました。
この状態も、まさに、この頃の私自身でした。
そして、もう一つ気が付いたことが、戦い方。
例えば隣の地区へ戦いに出るために、3か月で城を落とすことを目的として遠征に出るならば、その期間の自分たちの食べるもの=食糧を確保して出陣します。もし戦が長引いて、食糧がなくなれば、どんなにいい武器があっても、戦うことはできない。生きるか死ぬか。戦いに決着がつけられないのならば、どこで、潔く負けることを見極めればいいのか。もし、それを見誤ったら、もう引くことすらできないのです。
私は、この食糧が、自分たちの運転資金なのだと思いました。しかし、この頃はすでに、運転資金は尽きており、後に引けない状態でした。そう、借入額が大きすぎて、引けないのです。
もし、続けられなくなったら・・・
そんなことを考えるだけで、ぞっとしました。きっと、自己破産しかないからです。
時折、魔が差したようにこういう感情が入り込むときは、とにかく脳裏から消し去る努力をしました。
たくさんのスポーツ選手(男性)のメンタル強化も参考にしていました。
とにかく、引くことが許されない。
ということは、前に進むしかない。
すごいスピードで、めいっぱい動いて、止まることは考えず、
ただ目の前の仕事をこなしていきました。
当時、カフェ業務の他に、並行してお菓子教室もやっていました。
私のお菓子教室(3~4人制)は、一人一台制なので、約4~5時間かかります。週に2回だけの教室も、すぐに、週4ペースになりました。希望する方も多かったので、途中から、一日2クールすることにしたのです。自分の仕事は、どんどん加速していきます。
1クール目は11時頃スタートし、そのレッスンが16時頃終わり、食事も休憩も取らずに、2クール目は18時半スタート。夜の部は23時前に終わり、片付けなどをしていると0時過ぎて、気が付けば、もう朝が来ます。レッスンの合間に、持ち帰り用のショーケースのケーキの仕込みをして・・・というスタイルでした。
少しずつ、自分の中から「楽しみ」というものが削られていくようになり、
化粧をするときの自分の顔=表情が別人格のように見えていました。
ある日、いつものように教室の準備をしてるとき、模様替えがしたくなり、いつも自分が立っている場所から立つ位置を変えたくなりました。東向きだったのを、南向きに変えたのです。
そして、いつものように仕事をこなしていましたが、
だんだんと「やる気」を失っていく感覚になっていきました。
自分に、問いかけてみました。
「いつまで、このやり方で働くの?」と。すると、答えはいつも同じ。
「この体がつぶれるまで」と。そう言い返す自分がいるのです。
ある女性整体師との出逢い
仕事の量に関しては、これが特別多いとは思っていませんでした。
自分の店なのだから当たり前だという気持ちが強く、
自分に厳しいのは、自分にとっては、当たり前のことでした。
座らないのも当たり前、睡眠削るのも当たり前、食事抜くのも当たり前。(運動部精神ですね・・)
すべては、自分の仕事のために。
厳しくしているからこそ、自分が育ち、成長するのだと思っていました。
だから、弱音というものを、言葉で出すことも嫌だし、涙で出すこともありえないことでした。
弱音を吐くということは、マイナスだ。この頃の私の受け取り方は、このような考え方でした。
お店を始めて2年が過ぎたころ、お客様が、ある女性整体師さんをカフェに連れてきてくれました。
その方と少し話をしていくうちに、整体なんて必要ないと思っていた自分が、
受けてみたいという気持ちになりました。
この方の整体法は、少々変わっていて、仙骨に手を当てて悪い部分を探り、
気を見ながら進めていくやり方でした。心と身体は一心同体であり、
その時に応じて心の整体が必要な人もいれば、身体の整体が必要な人もいる。
私が、真っ先に手を当てられたのは、みぞおちよりも上の胸部でした
。急に自分ではないような感情が湧き出てきて、涙が溢れたのでした。
そして、教室の模様替えをしたくなった理由がここで明らかになります。
わたしの前世療法の始まりでした。 ・・つづく